折り紙の世界
目の前に折り紙が用意されている。
折り紙とその周辺にある物理環境の存在が公理であり、この存在自体が、すでに「どう折ればどういう完成形になるか」といったことまで包含しているわけである。
人間は似たようなものなのだろうか?つまり、ある赤ん坊がいるとき、この時点で赤ん坊の可能性は定まっているのだろうか。
浅い考えの人は「人間には無限の可能性がある」と表面的なことをいうが、時空が離散スケールなら、可能性は有限であるといえる。
ただ「有限である」というのは少ないという意味ではない。10の500乗といった数は膨大であるが、有限である。この500の部分を1兆にしてもやはり有限である。つまり「無限に近い数の」といった表現は間違いだ。有限はどこまでいっても有限であり、無限になることはない。
人間の可能性は有限であるが、あらゆる愚かな選択肢を含めれば、その数はたくさんある。
色々と試行錯誤して折り目がたくさんできて汚くなった状態のようなものだ。完成形が定まっているわけでもなく、千切れるまで折ることを楽しみたいわけである。