私が仮に、何らかの理由で自由意志を持ってしまった存在だとする。そうすると、それを持たなかった人生とは?という疑問がある。

それを持たなかった決定論的人生では、私は「愚者」という役割をさせられていた存在だと思う。

私の頭に思い浮かぶ最初の直感が愚そのものであり、自由意志を持つ理性的私がそれを観察して修正を行うことで、私は正常を保っているように思える。

直感が信用できないうちは、理性が保てている証拠だ。精神の余裕がなくなって直感に頼っている時は、私は最高レベルの異常性を示すだろう。