客観現実が存在すると信じていると、その反対の客観現実は存在しないという主張が狂っているように見える。

しかし調べてみると、物理学者さえここに答えを見つけられていないようだ。

その一つの問題が、量子力学の解釈問題であるが、コペンハーゲン解釈、多世界解釈、デコヒーレンス理論、等々といったものがある。

「解釈」と呼ぶのは、どれが起きているかわからないからだ。実験的にも確かめられていない。

意識が収縮を起こすのかもしれないし、多世界に分岐して特定の枝に特定の意識が流れているかもしれないし、意識が関係ないかもしれない。

興味があるのは、宗教的な人はこの問題に対して、どの解釈を採用するのだろうか、ということである。

神の存在と整合する解釈はあるのだろうか?それとも「意識が現実を作る」といった、独我論的な考えに傾倒するのか。