世間に逆らっても反社会的ではない理由
世間に逆らうと言うと、反社会的なヤンキーに聞こえるかもしれない。
それは世間というものの実態をわかっていないからだ。
情報弱者を搾取している業界が幅を利かせている時に、その現実に逆らうことは、つまりデジタルミニマリズムのようなものを実践することに一致する。
詐欺や詐欺まがいの広告を表示したり、ステマを行ったりするのが「世間」であるなら、逆らうのがむしろ善の側というものだろう。
あるいは「フォロワーの数が人間の価値だ」「収入が人間の価値だ」と言っている風潮、これは世間が悪に染まっていることを示している。
もっとも謙虚な人々が見下され、最も愚かな人たちが評価される愚者の時代。
何が善であるかという知恵を歴史的文献の中から探し求めたほうが、クソフルエンサーの戯言を聞くよりもいい。