政治家が掲げる政策が確実に「良い」と言えるのは、それがパレート改善である場合である。

つまり、誰も損せずに誰かが得すればそれは良いことだ。

これは現実には不可能なことが多いので、損する人に補償を与えるという理論があり、補償原理という。

良い政策とはなにかというのは、こういった理論なのである。

ところで、オードリータンはインクルージョンが大事であると言っているが、誤解している人は「デジタルが重要だ」とだけいう。

誰かがおいてけぼりになるデジタル政策はオードリータン的ではないのだが、自称インテリは効率化のために老人を排除したいといいがちである。

本物のデジタルは、優れたインターフェイスを持つことで誰もが容易に使えるものでなければならない。はんこを排除するかどうかという話は、ちょうど補償と効率化の間にある難しい例だろう。排除と言わず、最初は選択式にすればいいのではないだろうか。