趣味に数学をやるのは、単純に楽しいからやるのだが、ここに「意味」を求めると混乱をしてくる。

世界に自分の研究をシェアしないならやる意味はあるのか、ということである。

この問いについてよく考えると、そもそもこの注意経済では論文そのものが無視される傾向にあるということだ。

むしろ私は数学的知見をプログラミングにでも反映して、GitHubにアップロードするぐらいでちょうどいいのかもしれない。

ところで、GitHubでシェアするものは自分が使うものでなければ有用とは言えない。

ドッグフーディングにさえ失敗した作品は永久に放置され、インターネット墓地で眠る運命にある。