弦理論学会といったものは、注意経済において価値を持ち続けるのだろうか?

そもそも超弦理論そのものが、反証可能でない可能性があり、つまり科学理論とは言えない可能性がある。

そのようなものが、さらに「社会の関心」というものに晒されて、学会の講演を見る人は極めて限定的だ。

大量の見向きもされない研究の数々は、アーカイブとして残せば後の世で見てもらえるのだろうか?

「研究の価値」というとき、それは一体何を意味しているのか。誰かが量子重力理論を考え出して、だから何なのか。